あの頃の親父の年齢を20歳も超えた

色々あって真面目に働きだした

私の父親が勤めたのは親戚が経営する

木更津の巖根にあったスーパーの鮮魚部門だった。

 

30歳になった親父。

 

初めて包丁を握り四苦八苦したらしい。

 

母親は同じスーパーでレジ打ちをしていた。

 

住んでた家は六畳と四畳に

申し訳程度の炊事場があった安アパートだった。

 

その頃は友達に家を見られるのが嫌だった。

 

玄関をあけると全てが見えたからだ。

 

「狭いね・・」

 

と、友達に言われたのが

なんとなく惨めな気持ちになったのを覚えている

 

月に何度か親父はご馳走を作ってくれた。

 

スーパーで商品にはならない

残ったカツオの骨を持って帰ってきた。

 

カツオの骨の部分に付いた身を

スプーンで削ぎ落とし

 

それに大葉、葱、生姜、ニンニク、

そして醤油をボールに入れて混ぜ合わせる。

 

それを、ご飯にかけて食べる。

 

うまかった。

うまいなんてもんじゃない。

 

そんな私も29歳で料理の世界に入った。

 

ある時・・・ふっと思って

 

子供の時に親父が作ったカツオの料理が

食べたくなったので自分で作ってみた。

 

難しい料理じゃない。

 

作ってみたけど味は普通だった。

 

何度か作ったけど

子供の時に食べた味と同じにならなかった。

 

味付けは間違ってない。

 

何か足りないと考えたが

 

思うのは

 

貧乏ながらに子供に

美味しいものを食べさせたいと

 

思った親父の愛情だろう・・と

 

あの頃の親父の年齢を20歳も超えた

50歳になって思うようになった。