『忘れられない味』

「忘れられない味」山崎直子

 

 

 

30年以上前

 

稼ぎ頭だった祖父が

 

早くして亡くなり

 

実家は大変貧しかった。

 

 

 

4人姉妹の2番目だった私は

 

着るものは全ておさがり。

 

 

 

お腹を空かせて帰っても

 

当然おやつになんて

 

ありつけることはなかった。

 

 

 

小学校の遠足の前日。

 

 

おやつを買うお金がなく

 

母が親戚に頭を下げ幾らかを調達して

 

 

近所の駄菓子屋に買いに行った

 

ことがあった。

 

 

 

外は、雨が降っていた。

 

 

母と二人、傘をさして並んで歩く。

 

 

母は私に対して

 

いつも厳しかったから

 

私はいささか緊張してしまう。

 

 

 

店に着き

 

お気に入りのおやつを選ぶ。

 

 

と、その時。

 

 

母の手が

 

アーモンドカステラに伸びた。

 

 

 

 

アーモンドの形をした甘いカステラだ。

 

 

当時50円程だったと思う。

 

 

 

母はそれをカゴに入れ

 

そのままレジへ向かった。

 

 

 

帰り道。

 

 

 

雨はすっかり上がっていて

 

空にはポツポツと星が瞬いていた。

 

 

 

母が、買い物袋から

 

アーモンドカステラを取り出した。

 

 

 

「これ、二人で食うか」

 

 

「いいの?」

 

 

「みんなには内緒な」

 

 

 

母は私に目配せして

 

カステラの封を開けた。

 

 

 

母と私で半分ずつ大事にそれを食べた。

 

 

 

言葉にできないほど柔らかくて

 

 

そしてどこまでも甘く

 

 

口の中をとろけていく

 

カステラの味に

 

思わず涙がにじんだ。

 

 

 

 

「うまいな」

 

 

 

 

「うん、うまい」

 

 

 

 

 

私は嬉しかった。

 

 

アーモンドカステラの美味しさは

 

もちろんだったが

 

 

こうして母と二人

 

共通の秘密が持てたことが

 

何よりも嬉しかったのだ。

 

 

 

そしてあの時に

 

雨上がりの空の下

 

二人で並んで歩きながら

 

夢中で頬張った

 

アーモンドカステラの味は

 

 

今でも忘れられない。