【第47話】たまには思い出話でも

【第46話】たまには思い出話でも

 

本場四川火鍋の洗礼もうけいろんな意味で成都がわかってきた。

 

中国人は友人にとても親切だ、友人の友人にも親切だ。

 

それ以上は・・微妙だと言う事も感じ始めていた。

 

帰る日も近づいた。

 

そして今回の最終目的である日本に招聘する申請を出していた

 

料理人と対面とその料理を食べると事になった。

 

料理人の名前は張さんといった。

 

その当時すでに入管の申請はパスしていたので

 

あとは重慶の大使館で簡単な面接してビザが発給される段階だった。

 

とある食材を激辛で炒めた人気料理を出す

 

お店の花形シェフだった。

 

とある食材は日本人には刺激的なので書くのはやめておく(笑)

 

 

その日は劉さんの友人と俺に料理を提供するために

 

知り合いのお店を借りて料理を出してくれた。

 

味付けは俺が居たのであまり激辛にしなかった事が

 

劉さん友人達は不満そうだったが

 

俺的にはとても満足だった。

 

そのとき成都でラーメンといえばスープ(汁)がないと言うことを知った。

 

初めて食べたときは「なんか・・焼きソバみたいだな・・。」

 

と思った。

 

今で言う所の汁なし担担麺だった。

 

最後に料理人と対面して成都での滞在も終わりに近づいた。

 

劉さんは残って他にも人に会うといっていた。

 

まぁ・・とにかく彼は故郷では人気者だ。

 

みんなが会いたがっているようだった。

 

俺は劉さんとその友人見送られて

 

成都空港に夜の21時ごろ付いた。

 

その時は何故か左足が激痛で靴が履けなくなっていた。

 

理由はわからなかったが。

 

その痛みにもたえ劉さんたちと別れ

 

俺は成都空港に夜の22時に入っていた。

 

このあと空港のカウンターでドタバタがあるのだが

 

それは書かなくてもいいだろう・・・。

 

帰りの飛行機では

 

家賃(27万×5ヶ月135万円)が

 

発生してから5ヶ月弱・・

 

さすがに俺も急がなければ行けないと思い始めていた。