【第44話】たまには思い出話でも

人生二度目の外国旅行になった。

 

さすがに今回は緊張はせずに飛行機に乗り無事に劉さんと四川省の成都空港についた。

 

その当時の俺は四川料理と言ってもいま一つ知識がなかった。

 

陳健一の麻婆豆腐位だろうか。そんな程度だった。

 

それが後々エライ目にあうことになる。俺のお腹が・・・。(笑)

 

空港を降りて成都の町まで車で行った。

 

その頃の成都は何かの災害の影響で電力制限をしていた。

 

劉さん曰く「普段はモット明るいよ!」と言っていた。

 

町並みは近代的で東京と変わらない感じだった。

 

バンクーバーと違うのは町中に漢字があり

 

俺でも何となく 意味が判る気がした。

 

いつの間にか俺は日本にいるような間隔さえ覚えた。

 

ただ街中を劉さんと歩いているとき

 

劉さんが 声をひそめて

 

「あんまり大きい声で日本語しゃべんないほうがいいよ」

 

と言われて・・「あ!!そうなの?・・」

 

なんでだと?思いながらも

 

少し声を小さくしたのだが・・

 

暫らくすると劉さんの方がデカイ声で日本語で喋っていた(笑)

 

それから日本に帰るまで劉さんの友人達による

 

四川料理フルコース接待が始まった。

 

前菜からして辛い・・そして・・食べきれない・・。

 

テーブルいっぱいに注文される料理。

 

料理は残してはいけないと育った俺は食べた。

 

後で劉さんに食べ切れなければ

 

残していいと教えられたが後の祭りだ。

 

日本では当たり前のトイレなのだが

 

・・トイレットペーパーがないのは 困った。

 

なぜなら・・3日もすると料理が・・

 

 

その当時の俺には辛すぎて

 

トイレが最高の友達になっていたからだ。

 

成都の町はまだ良かった。

 

劉さんたちが気を使ってくれて綺麗な

 

トイレがある場所に車を停めてくれたからだ。

 

成都の町から離れて地方に行くと

 

トイレ事情は・・言葉に出来なかった。

 

トイレの前には人が立っていて

 

お金を渡すとティシュペーパーをくれた。

 

入って見ると・・・溝があるだけだった・・・。敷居もない。

 

俺は無理だと思い・・

 

劉さんと劉さんの友人に

 

「俺には・・絶対に・・無理・・。」

 

と我がままを言ってかなり困らせた。

 

帰りの道中は景色を見る余裕もなく

 

トイレ探しに時間が割かれたの言うまでもない。