【第31話】たまには思い出話でも

江東区 南砂町末広通り商店街で

 

営業していた 一の酉は閉店した。

 

お客さんも付いていた店だったので

 

その後、建物の大家さんの息子さん夫婦が

 

養老の瀧と契約してリニューアルオープンした。

 

しかしあまり上手くいかなかったようだ。現在はない。

 

俺は弟と席数60席の楽願亭 南砂駅前店を開店させた。

 

新築物件の中では一番早くオープンだったのもあり

 

開店からお客さんがたくさん来た。

 

開店一週間の売り上げは平均25万ぐらいだったと思う。

 

悪くなかった。

 

続いて白木屋、温野菜の順にづづいた。

 

他のチェーンが開店するとお客さんが分散し

 

平均売り上げが20万ぐらいまで下がった。

 

弟が「ランチをやろう!」

 

と言った。

 

俺は弟の意見に賛成した。

 

メニューはどうする?と言う事になった。

 

その当時ほかの吉祥寺の楽願亭で

 

石焼ビビンバを提供していると

 

聞き俺たちはそれをメインで行くことにした。

 

ランチを始める前は東口にはまだ企業らしきものがあまりないのに

 

お客さんがくるのか心配だったが一ヶ月もすると

 

平均80人ぐらいのお客さんが来るようになった。

 

多いときは120人ぐらいだっただろうか。

 

ランチも忙しくなった。

 

しかしランチが忙しいからと言って

 

ランチで利益は出てるとは言えなかった。

 

60席が一気に埋まるのでホールには最低3人から4人必要だった。

 

調理場も4人・・・人件費がかかり過ぎていた。

 

夜は夜で平均20万ぐらいを安定して売っていたので

 

忙しい店となっていた。

 

弟や従業員達は相当利益がてているんだろう??

 

と思っているようだった。

 

しかし台所事情はそうでもなかった。

 

一年目は調理場に4人ホールに4~5人いた。

 

それだけでも経費を圧迫していた。

 

お客さんが来ていて店が忙しいのに

 

税金、社会保険、借り入れの支払い、などをすべてを

 

ひっくるめると赤字だった。

 

その辺りから弟と俺の間に微妙に隙間風が吹き始めていた。

 

弟達は忙しいんだからモット給料がほしいと言う

 

俺は赤字なので給料は上げられない・・・

 

と言うと

 

みんながやる気を無くすと思い要求を呑んでいた。

 

ダメな経営者の始まりだった。

 

月末になるとどうやってお金をやりくりする事で頭が痛かった。

 

それプラス給料を上げてくれと言われて

 

俺は夜が寝れなくなり弟や従業員の顔が見たくなくなっていた。

 

そしてある日の休日・・・

 

35年間の人生で初めて

 

銀座にある心療内科の病院の扉を叩いた。