【第24話】たまには思い出ばなしでも

養老の本社で

 

焼き鳥専門店の話を聞いた。

 

 

180万を用意する。

 

それを養老は

 

物件所得費などに当てる。

 

 

俺たちは

 

毎月18万を養老に納める。

 

 

物件を作る費用は養老が見る。 

 

請負の店長みたいな感じだ。

 

 

 

俺はこの話に乗った。

 

180万は

 

色々頼み込んで作った。

 

 

モチベーションは

 

ハンパではなかった。

 

 

なぜなら・・・

 

オヤジの再婚相手の

 

オバちゃんと合わなくてすむ・・

 

 

と言う単純な理由だった。

 

 

 

おはようございます!

 

と言って

 

返事されない生活は

 

健康上よくない(笑)

 

 

やると決め手本社で

 

面接があった。

 

 

その当時の

 

副社長さんがこう言った。

 

 

「宮間くん、彼女はいないのか?」

 

「いないです。」

 

 

その当時俺は振られたばかりで

 

彼女は居なかった。

 

「商売はな・・

 

八百屋のような

 

パパ、ママ店が基本だ」

 

 

「誰か見つけて一緒にやりなさい」

 

と言われた。

 

 

その頃の俺は・・

 

右から左に聞き流した。

 

 

 

しかし小さな居酒屋から

 

全国規模にした人の

 

言う事は後で

 

正しかったとわかった。

 

 

あれから10年

 

今でも繁盛している

 

(残っている)のは

夫婦で焼き鳥専門店を

 

始めた人たちだけだ。

 

 

 

店の名前は焼き鳥専門店

 

「一の酉」という。

 

メニューは焼き鳥。

 

 

後はアルコール。

 

そして店主の人柄。

 

 

駅前には出さず。

 

駅から離れた商店街などに

 

10坪(席数15席位)

 

 

家賃は10万程度。

 

 

それがコンセプトだった。

 

 

場所の希望は

 

どこでも言いと俺は返事した。

 

 

そこで決まった場所が

 

江東区 南砂町駅

 

東砂の末広通り商店街だった。

 

 

駅から離れた

 

少し寂れた商店街だった。

 

 

でも人はたくさん住んでいた。

 

 

不安はあったが

 

自分の店が持てる。

 

 

それだけで夜が

 

寝れなくなるくらい

 

ドキドキした。

 

 

 

俺の商売の原点である。

 

焼き鳥選科 

 

一の酉 東砂店 が誕生した。

 

 

32歳の春だったと思う。