【第22話】たまには思い出話でも

なんだかんだ言いながら

 

おもしろい相棒に恵まれて

 

焼き台をやっていた。

 

 

2人で隠れて

 

ツマミ食いをするものだから・・・

 

 

賄いの時間が問題だった。

 

 

 

なぜなら・・

 

2人ともツマミ食いの技術?

 

があがり

 

賄いの時間になると

 

腹が一杯だった。

 

 

あの当時、調理長は

 

俺ともう一人の中国人に

 

「おまえら

 

食べないとだめだぞ・・」

 

 

 

なんて気を使われたが・・

 

ほんともうしわけない。

 

今だから言える。

 

満腹でした・・・。

 

 

しばらくして逃げ出さなかった

 

 

俺と中国人の友人が

 

調理長に呼ばれた。

 

 

やべぇ・・

 

ツマミ食いがばれたかな・・

 

と思った。

 

 

そしたら・・調理長が

 

「刺身のきり方を教えてやる。」

 

と言った。

 

 

助かった(笑)

 

 

 

俺の友人だった中国人は

 

経験があったので

 

なんなくこなせた。

 

 

俺は・・・

 

全く話にならなかった。

 

 

 

直ぐに池袋の東武デパートに

 

コンニャクを買いに行かされた。

 

 

 

そう・・刺身は切ると

 

使い物にならないので

 

コンニャクで

 

練習しろと言う事に

 

なったのだ。

 

 

家に持って帰っても練習した。

 

 

あまりにも

 

大量なのでそれを

 

コンニャクきんぴらにする

 

料理法を教えてもらった。

 

 

だからと言って

 

そんなに食べれるものではない。

 

 

コンニャクは

 

嫌いな食材の一つになった。

 

 

 

調理場の仕事も何気に

 

覚えて面白かった。

 

 

 

ある日・・

 

調理長にまた呼ばれた。

 

 

「料理も大事だが

 

店のことを判るためには

 

ホールも大事だ。」

 

 

 

その瞬間顔が引き攣った。

 

 

 

俺は人前に出るのが

 

その当時・・嫌だった。

 

 

 

知らない人に

 

話しかける事ができない。

 

笑いかける事もできない。

 

 

 

今もそんな所があるが・・・

 

 

これが著名人の

 

根性物語ならホールで

 

四苦八苦と言う話に

 

なるのだが

 

 

 

俺は・・・

 

養老会館へ行くのを止めた。

 

 

 

父親には

 

「もう教える事ない」

 

と言われたと嘘を言った。

 

なんとも情けない・・・

 

腰抜けだ。

 

 

飲食業ライフの一年目だった。