【第8話】たまには思い出話でも

【第7話】たまには思い出話でも

 

ドタバタしながらも

 

店は三年目に突入していた。

 

 

 

その頃になると

 

ホットペッパーを止めていた。

 

 

表面上は順調に見えていた。

 

 

 

しかし。。。

 

 

俺と劉さんの関係は

 

隙間風が吹きまくっていた。

 

 

劉さんは事あるごとに

 

「成都で和食のお店を

 

手伝わないか?と言われている」

 

とか公然と

 

言うようになっていた。

 

 

 

俺は俺で弟に劉さんの

 

愚痴をぶちまけていた。。。。

 

 

良くない事だがお互いに

 

不満がたまっていた。

 

 

そんな劉さんとの

 

出会いはこうして始まった。。。

 

 

 

今からさかのぼること

 

10年以上前

 

俺は江東区南砂町の

 

ジャスコの前で人を待っていた。

 

 

 

その当時俺は弟と共同で

 

養老の瀧チェーン店を

 

南砂で新規オープンしようとしていた。

 

 

求人広告に募集をだした。

 

 

 

それを見て電話を

 

掛けてきた男が居た。

 

 

「わたし。。ぼしゅうみました。。

 

めんせつ。。

 

おねがいします。。。」

 

 

少し怪しげな日本語を

 

使う男と待ち合わせしていたのだ。

 

 

10年以上前の事で

 

記憶が定かでは無いのだが

 

店舗がまだ出来ていないので

 

デニーズで面接したと思う。

 

 

俺は基本的に

 

待ち合わせには30分前に行く。

 

 

 

その日は4.5人

 

面接していたと思う。

 

 

 

だいたいが、5分前とか

 

時間ちょうどとか

 

中には時間に遅れてくるのも居た。

 

 

そんな中で待ち合わせの時間30分前から

 

ジャスコの前で

 

立っている角刈りで色黒の男が居た。

 

 

 

そう。。。その男。。。

 

 

このあと10年以上に

 

渡って俺と関係が続く男

 

実の弟よりも

 

一緒にいる時間が長くなる男。

 

 

 

大震災の混乱の時に

 

俺が「一度中国に帰れ」

 

と言っても

 

 

「宮間さんを残して

 

かえれるわけないです!」

 

と言って

 

 

中国に帰るよりも

 

日本に残る事を決断した男。

 

 

自分の電動自転車に

 

【コロウ】と名づける男。。。。(笑)

 

 

劉俊との出会いだった。

 

彼は履歴書を持ってきた。 

 

少しピントのづれた

 

日本語を堂々と

 

その時も話していたが

 

誠実さは他の面接した

 

日本人より感じられた。

 

 

 

彼は結果を急いでいた。

 

 

親に仕送りをしたり

 

結婚したばかりで

 

安定した仕事が

 

欲しかったようだ。

 

面接が終わって

 

 

 

俺は弟に

 

「この劉さんを採用しよう!」

 

と言った。

 

 

弟は少し考えていたようだが。。。

 

 

 

最終的に劉さんを

 

採用する事を賛成した。

 

 

 

その瞬間に

 

俺と劉さんはそれから

 

10年以上に渡って

 

良くも悪くも

 

同じ道を歩むようになった。

 

 

次回はチャビママとの

 

出会いでも書いてみるか(笑)