【第5話】たまには思い出話でも

【第4話】たまには思い出話でも

 

気がついてみれば店をオープンしてから

 

3ヶ月たっていた。

 

ランチが600円の

 

お変わり自由が

 

工事現場の職人や

 

チャビママが会社周りをして掴んだ

 

 

サラリーマンで

 

毎日満席になるようになっていた。

 

 

夜もランチに来ていた人が

 

来るようになったりして

 

 

多少はお客さんが来ていた。

 

 

 

しかし。。。

 

 

店の経営としては安定していなかった。

 

家賃・劉さんの給料

 

自宅の家賃・銀行など

 

支払いをすると赤字だった。

 

 

運転資金もそこをついていたし。。。。

 

 

2人の前では馬鹿な事を

 

いったりして笑わせていたが

 

内心はこのままでは

 

ヤバイなと思うようになっていた。

 

 

 

そんなある日シャポーに買出しに行った。

 

 

普段は気にしていなかったのだが

 

ホットペッパーと言う雑誌が目に止まった。

 

 

それを店に持って帰り読んでみた。

 

 

今のホットペッパーは

 

エステ・美容などの総合クーポン雑誌だが

 

6年前は船橋付近エリアだけの

 

飲食店だけで一冊の雑誌になっていた。

 

 

 

今なら考えないが。。。

 

 

その当時の俺には

 

ホットペッパーしか思い浮かばなかった。

 

 

行動は自分でも早いほうだと思う。

 

 

すぐに担当者と

 

連絡して掲載する事になった。

 

そこで言われた一言は。。。

 

「今の四川料理のメニューだけでは

 

この風俗街までお客さんを呼べません。」

 

「なにかお客さんを

 

惹きつけるメニューを作れますか?」

 

 

若いけどハッキリいう奴だった。

 

その当時

 

新四川料理三国と名乗っていたが

 

街の中華料理定食屋と

 

さほど変わっていなかった。

 

 

そこで劉さんに相談した。

 

『なんかインパクトあるメニューできる? 』

 

そこで劉さんは二つの案をだした。

 

「ありますね。一つは食べほうだい。

 

これはわたしやったことあります。」

 

 

「もうひとつは火鍋です。」

 

 

それを聞いて

 

 

俺は直感的に火鍋を選択した。

 

 

劉さんと成都に旅行へ

 

行ったとき最終日の晩餐で

 

最高の料理だから

 

宮間さんに食べさせたい!

 

と言って提供された火鍋。

 

 

辛くてほとんど食えなかった火鍋。。

 

成都から帰ってきて腹をこわし。。。

 

辛い料理が苦手の一つになった火鍋。。。。

 

そう今の

 

【みやま】の原型になる火鍋の誕生だ。

 

 

後日談だが

 

『何で劉さん火鍋って言ったの? 』

 

と聞いたら

 

「わたし料理しなくていいからね。。。

 

料理するのおきゃくさんだから」

 

 

と言ったかどうかは

 

これを読んでる

 

みんなの判断に任せたい(笑)