2017年

2月

10日

恥ずかしい

今考えても恥ずかしい・・・

 

 

折に触れて書いたかもしれないが

 

 

私が初めて店を持ったのは

 

東京の下町で

 

養老ノ瀧チェーンの焼き鳥屋だ。

 

 

3年ほど営業したあと

 

駅前に店を構えようと思った。

 

 

意外に人気があった店だったので

 

ビルのオーナーが

 

息子さん夫婦に継がせようとなった。

 

 

私は弟と共同経営の店も

 

無事に開店し

 

社長と呼ばれるようになった。

 

 

 

ある日

 

 

 

代替わりした

 

焼き鳥屋はどうなってるんだろう?

 

 

と思った私は

 

休みの夜に焼き鳥屋に行った。

 

 

 

ご夫婦で営業されていた。

 

 

彼らは飲食業は

 

初めてだったようだ。

 

 

 

わたしは酒も入り

 

調子に乗っていたんだろう。

 

 

 

「店は、こうしたほうが

 

 いいですよ。」

 

 

とか

 

 

「このメニューは・・」

 

とか

 

 

上から目線で話した。

 

 

その時の私の服装はスーツだ。

 

まさに社長気取り。

 

 

 

あれから16年

 

いまだに後悔している。

 

 

 

一生懸命やっている人に

 

あれこれ駄目だしして

 

 

まるで自分のほうが

 

素晴らしい人に

 

なったかのような錯覚。

 

 

優越感に浸る恥ずかしい行為。

 

 

その事があってから

 

他の人の店で

 

調子に乗った事を

 

言わなくなった。

 

 

 

恥ずかしい。今でも。

 

 

 

 

50歳に近くなって思うのは

 

 

「お前は人様に物を

 

言えるほど凄いのか?」と

 

 

自分自身に問いかける。

 

 

 

答えは

 

「お前は、まだまだ」

 

 

 

妻と営業終了後に話す。

 

 

「お互いに自分の店で精一杯だな」

 

とね。

 

チャビィとの休日
チャビィとの休日

2017年

2月

06日

お見通しのようで・・

中医学の先生に会うなり

 

「疲れてるわね」

 

と言われた。

 

 

わたしは

 

なんでそんな事を

 

言われたのだろうと思い

 

先生の顔を見た。

 

 

 

すると先生は

 

 

「今日は特に姿勢がいいわ」

 

 

 

わたしは

 

「どういうことですか?」

 

と聞き返した。

 

 

 

先生は言葉を続けた

 

 

 

「疲れてくると

 

人は特徴が現れるのよ」

 

 

 

「気持ちの弱い人は

 

前かがみになり

 

 身体が小さくまとまるの」

 

 

 

「逆にあなたみたいな

 

意志の強い人は

 

 

疲れに逆らうかのように

 

姿勢をより正そうとするのよ」

 

 

「今日は特に姿勢がいいわね」

 

と言われた。

 

 

 

さすが先生

 

鋭い観察眼だと思った。

 

 

お見通しのようで(笑)

 

 

明日も全力疾走しますよ。

 

2017年

1月

22日

感極まって

の人は分からないけど

 

俺がガキの頃は親や爺さんに

 

「男なら泣くんじゃない」

 

とか

 

「苦しくても我慢しろ」

とか

 

 

ガキの頃から言われてて

 

男が人前で


泣く事は恥ずかしいと


教えられてきたんだね。

 

 

たいして自分自身強くなくても。


やせ我慢してさ。

 

 

だから人に何を言われても


馬鹿にされても

 

そんなもん無理だとか言われても

 

我慢して辛抱して

 

 

どんなに時間がかかっても

 

結果が出た時に


感極まって流す涙。

 

 

安くは、ねーと思うんだよね。

 

 

どんな人生にも


苦しい時は必ずあるから。

 

 

稀勢の里の涙は、ヤバかったな・・

 

涙腺の蛇口が決壊したわ。俺のね

2017年

1月

19日

そうなのか・・・【最終話】

大正、昭和、平成と

 

生き抜いた祖母も

 

96歳の生涯を終えた。

 

 

大往生だった。

 

 

祖母が亡くなる日から

 

半年前の事。

 

 

 

こんな会話をしたそうだ。

 

 

 

「ミチヨ、あんたが間違えたり

 

物がどこにあるか

 

分からなかったりしたら

 

 

お母さんが教えてあげるよ。

 

 

トントンと

 

物を叩くから!(笑)」

 

 

 

それを言われた叔母さん・・

 

 

 

「やめてよ!

 

怖いじゃない(笑)」

 

 

 

「なに言ってんの!

 

お母さんなんだから

 

怖くないだろ!」

 

 

と言った会話をしたらしい。

 

 

 

49日も過ぎ

 

お墓に納骨を済ませて

 

叔母さんの気持ちも

 

ひと段落したある日の事

 

 

 

 

 

 

ガタンと音がした。

 

 

 

テレビも付いてない部屋。

 

何だろう?

 

と思ったらしい。

 

 

それから何かあるたびに

 

 

ガタン、ドタン・・

 

と音がする。

 

 

 

その時に叔母さんは

 

祖母との会話を

 

思い出したそうだ。

 

 

 

まさか・・

 

お母さんじゃいわよね・・

 

 

そういえば、音を鳴らすって。

 

 

 

そんな事が続いたが

 

ある時から物音が

 

ピタリと止まったそうだ。

 

 

 

そんな話を国技館で

 

相撲観戦の合間に

 

わたしと直子と

 

母親と叔母さんの四人でした。

 

 

 

ちなみに私は怖がりなので

 

母親に

 

 

「俺の時は物音で

 

知らせなくていいから・・・」

 

 

と言った。

 

 

 

それを聞いていた

 

母親は苦笑してた。

 

2017年

1月

18日

そうなのか・・・【第3話】

宿の人は

 

「そうですか・・」

 

と言ったが

 

その後は会話が続かなかった。

 

 

そこで叔母さんは宿に来た時から

 

気になっていた

 

熊の毛皮の話をした。

 

 

 

すると・・

 

 

 

実はあの熊の毛皮は

 

宿の主のお父さんだったかが

 

子供の頃から飼っていた

 

熊の毛皮だったそうだ。

 

 

ある日の事鍵を掛け忘れて・・・

 

その後は言葉を濁したそうだ。

 

 

「もしかしたら・・」

 

と話が続いたそうだ。

 

 

 

そんな事もあり霊のたぐいを

 

全く信じなかった叔母さんも

 

 

目に見えないものが

 

何かある

 

と思うようになった。

 

 

 

 

そして去年の事。

 

 

 

96歳の祖母が

 

「ミチヨ!

 

お父さんが家に

 

入れないから

 

 

玄関の鍵開けてあげて」

 

と言い出した。

 

 

 

叔母さんは怪訝に思った。

 

 

 

なぜなら明治生まれの祖父は

 

今から40年前に

 

亡くなっているからだ。

 

【次回に続く】